『水色エイジ』(仏加)と同設定
仏加+米英前提、アルとマシューは高三(18歳)です
60円のアイスと100円のアイスには深くて暗い溝があると、僕は常々思う。
高々40円。だがしかし侮ることなかれ。だってそれぞれを10回ずつ連続して買ったとしたら、差額でハーゲンダッツのカップが二つ買えちゃうかもしれない額になるのだ(学内の購買部は定価よりちょっと安いんだ)。こつこつと積み上げる小さなもの。40円は恐ろしいものだ!
「だから君が悩むのも当然だよね。ダッツ美味しいし」
「‥‥へ?」
うんうん、と心得顔で頷いた僕に、けれど返ってきたのは学園内売店横の縁石に座って顰めていた形良い眉を解いてきょとんとした、どこか子どもっぽい従兄弟の顔だった。ぱちぱちと鮮やかなスカイブルーの瞳が瞬く。‥‥あれ?どこか僕、間違ったっけ?
今度は僕がきょとん、として従兄弟、アルフレッドを見返すことになったんだけれど、一瞬後にふわんと立ち上ってきた、40円の差額を積み立てて購入したハーゲンダッツメイプルティーの甘い匂いに即座に意識を手元に戻す。美味しい。40円×複数回の重みは伊達じゃないね!
「うう、美味しいよー。ダッツさ、もうちょっと安かったらいいのにって思わないかい?」
「ああ、それは俺も賛同するぞ! ‥‥じゃなくて。マット、俺は別に悩んでなんか、」
「いるよね? ああ、40円の恐ろしさについては外れたかもしれないけれど」
僕の言葉にむぐ、と手元のアイスの代わりに言葉を飲み込んだアルフレッドを、僕は甘くて美味しいアイスのくっついたスプーンを緩く振るいながらちろりと見遣‥‥ろうとしてその前に、数メートル離れた位置に居る女の子達向けに、だらりと落とされていたアルの腕を無理やり取ってひらひらと振らせて、ついでに彼に良く似た笑顔でにっこりと微笑んだ。きゃあ、と可愛い嬌声をエコーにパタパタと駆けていった後姿を笑顔キープで見送って、それから、若干呆れ顔の従兄弟へと視線を向ける。
「‥‥マット。君さぁ、ほんの数ヶ月前までは俺と似てるのが嫌だ嫌だってすっごく言ってたくせに‥‥」
「仕方ないじゃないか。いい加減僕だって2年と二ヶ月で悟ったんだよ、この顔を利用しない手はないって!」
「‥‥まぁ、いいけど」
スカイブルーの瞳がちらりと向けられた窓の向こうは五月のブルースカイ。
尚も何か言いたげなアルに僕はにっこりと、それこそ『女子生徒(一部男子生徒)憧れのジョーンズ生徒会長』の笑顔で、笑ってやったものさ。
笑った拍子に少しずり落ちた眼鏡を、リムを押し上げるようにして元の位置に戻す。
今掛けているまぁるいオーバルフレームのグラスは、高校二学年も終わろうかという時期に買い換えたもの。それより前は、目の前の従兄弟が掛けているグラスに良く似た、少しシャープなスクエアフレームだった。
僕とアルフレッドは、従兄弟同士だ。アルのお父さんが僕の伯父さんにあたる。
ごく小さい頃から、一つ年上の異母兄に連れられて‥‥もとい、異母兄を引き摺るみたいにして僕のうちに遊びに来ていた彼と僕は、同い年ということもあってか、とても仲が良かった。とはいっても、なんだか思考速度が違うみたいで周囲から見たらよくすれ違っていたらしいけれど。「全然噛みあってないのに息のあった会話してるの、すっごく可愛かったよ」なんて笑いながら言ったのは、僕の家のお隣住まいの一つ年上の幼馴染だ。
けれど、仲が良かった。本当の兄弟みたいだった。もっともそんな僕らも、高校が一緒になった2年と少し前には、ぎくしゃくしてしまったものだけれどね。
本当に双子みたいに似てる僕らを見分けるのは、周囲の同年代には本当に、困難だったらしい。
‥‥間違えられて告白、なんて可愛いものだ。間違えられて因縁をつけられ、間違えられて柄の悪そうな集団に囲まれたときなんて、本当この従兄弟をどれほど恨んだか知れない!
髪型を変えたり制服を弄ったり、果ては眼鏡のフレームまで変えたっていうのに、殆ど効果がないくらいには間違われ続けた過去2年。現在進行形。
けれど、従兄弟だからね。もう、いい加減慣れちゃったってものさ。
‥‥それに、僕のこと、もう絶対間違わないひとも、見つけちゃったからね。だからそれは、もういいんだ。
今は高校最後の年、最高学年。僕とアルフレッドは、相変わらず仲良しだ。ほぼいつも一緒の帰宅時間前、学内の購買横でアイス片手に座り込んで話をするのが日課な程度には。
僕らが従兄弟で仲が良いっていうのは学内でも知られた話だから(とりわけ3年に上がってからは随分と認知度が上がった)、割って入ってくる人もいない。チラチラと向けられる視線を僕もアルも気が付かないふりで受け流し、流しきれないものはさっきみたいに笑顔で往なす。
「アル、相変わらずモテモテだなぁ。あ、この前君宛に僕のところにラブレター貰ったんだけど。生徒会室の会長机にまとめてつっこんどいたよ、確認してくれたかい?」
「ちょ、あれ君の仕業だったのかい?!もう、遂にここまで一般生徒が入ってくるようになったのかなって、ちょっとうんざりしちゃったじゃないか‥‥」
「ああそっか、君、4月から生徒会室の立入制限したんだっけ。アーサーさんの時はそういうのなかったから、すっかり忘れてたよ」
さらりと告げた僕の台詞、というか、固有名詞に。アルの肩がひくんと震えた。
けれど、僕はそれにはお構いなしに、手元のアイスを口にする。美味しい。
メイプルシロップは昔から僕の大好物で、アルフレッドに引き摺られるように僕のうちに遊びに来るもう一人の従兄弟に、よく笑われたものだ。笑って、けれどまるでルールのように彼が入れてくれるミルクティに、僕のぶんだけメイプルシロップをたらしてくれた。
一つ年上の、優しい従兄。アルと僕をいっそジョークめいた正確さで見間違うくせ、アルに間違われてトラブルを背負い込みそうになった僕を颯爽と(あるいは嬉々として?)拳で助けてくれるのも、彼だったっけ。‥‥あんな、どこも彼処もひょろっとして小柄なのに、なんであんな喧嘩が強いんだろう。謎だ。
「アーサーさん、元気?」
「‥‥知らないよ。彼は俺に連絡なんか、くれやしない」
誰からも愛され、誰にでも(少なくとも、表向きは)寛大なアルが、異母兄のことになると子どもっぽくふてくされるのはどうしてだろう。謎だ。
‥‥なんてね。謎だなんて、思ってないんだけど。
アーサーさんは、僕の従兄弟でアルの兄だ。ただし、母親が違う。
アーサーさんの母親は既に鬼籍に入っていて、‥‥まぁ、アルとアーサーさんの1歳ぶんもない年の差を鑑みたとき、そこに『大人の事情』だとかそういうものを、苦い思いで感じないでもない、わけだけれど。
けれど、彼ら兄弟は、とても仲が良かった。
僕とアルは双子みたいに容姿が似ていて、逆にアルとアーサーさんにはあまり似たところがなかったけれど、それでもやっぱり兄弟、という血縁は確実に、彼らだけの繋がりを与えていた。
ちょっと向こう見ずでアクティブすぎる弟をこの上もなく大切にしていた兄と、完璧なほどに気取っているくせ肝心なところで盛大に抜けてる兄を呆れながらフォローする弟。
それは僕だって、アーサーさんには本当の弟みたいに可愛がられたし、アルとは何度も言うけれど本当の双子みたいにじゃれあっていたけれど、それでも。
兄と弟。彼ら二人だけの繋がりがあるって、いつだって思ってた。
「アーサーにとって、俺はいつまで経っても手のかかる、可愛い弟でしかないんだ」
普段の僕の声よりも小さい、呟くような、声。
少し拗ねた、少し寂しげで、けれど違えようのない想いが隠し切れないほどに溢れた、其れ。
‥‥アルが、腹違いの兄であるアーサーさんを特別な目で見てたことだって、気づいてた。
一足先に卒業したアーサーさんは、今は遠い外国で、語学と、経営学と、専門的な裁縫技術の研究をする為の大学に通っている。
その進路を初めに聞いたときは何その畑違いすぎる方向性、って思ったけれど、それが可能なくらいには優秀な従兄なのだ。きっと数年後には、輝かしい成績を修めて、社会に踏み出すに違いない。いや、今ですら既に遠い異国でたったひとり、歩いている。
ほっそりとした背中を凛と伸ばして。
優しくて強くて、振り返らない。僕らより、いつだってひとつ先にいるひと。
「でも俺は諦めないんだぞ!」
歯切れ良い、鮮やかな声の従兄弟に、僕はアイスのスプーンを咥えたまま、はっと息を呑んだ。
脳裏に思い描いていた従兄の後姿から、隣りに座るアルへと視線を移す。
彼は、まっすぐに、前を向いていた。
「彼ときたらこのパーフェクトなヒーローたる俺の兄なくせ、どこか抜けてるし、喧嘩は強くて賢いくせに妙に馬鹿だしほだされやすいし、なんだか殺人的な食生活だからね!それをフォローするのは、俺の役目じゃないかい?」
「アル、」
「俺は、彼の弟で、‥‥あの人を、一番に愛してるんだから」
だから俺達は一緒に居るべきなんだ、と。一緒に、居たいのだと。
鮮やかに言いきる従兄弟。
本当、は、さ。
そこに倫理だとか、世間の常識だとか。そういうの、諭すべきなのかもって思う。‥‥アルも迷って、迷って、アーサーさんのこと傷つけたことがあるの、知ってる。
だって彼らは、血の繋がった、兄弟だ。僕は彼ら兄弟の、従兄弟だ。同性愛、近親の禁忌。‥‥大切な身内であり友人である彼らが何も知らない、マイノリティを叩くことは当然の権利とばかりに騒ぐ下らない連中に物を言われるだなんて、許しがたい。
‥‥けれど。けれどさ?
「‥‥そうだね。アル、アーサーさんのこと好きだもんね」
「そうさ。‥‥彼のことが、好きなんだ」
愛してるんだ。って。
迷って、躓いて、迷って。けれど今、こうして言いきる彼は、本当に、ヒーローみたいに格好良い。
こんな格好良い彼が僕の従兄弟であることが、誇らしい。
「‥‥ていうか、真剣にアーサーの食生活が心配だよ。むしろ彼の周りの食生活が心配だよ。あの人いつか誰か病院送りにするんじゃないかって!‥‥いや喧嘩ではよくやってたけど、それはバレてないし」
「いいじゃないか、アフタヌーンティを共にするようなステディが出来てないって証拠で。喧嘩はねぇ‥‥僕も助けて貰ったしねぇ‥‥。まぁ、アーサーさんのアレに耐えられるのは君くらいだよ、そういう意味でも君たち本当お似合いだよ」
「‥‥マット、前々から思ってたけど君ってわりとアレだよな、おっとり系なくせに言うことがクールっていうか肉食系っていうか」
「うん?そうかい?あ、でも肉食系ってなんか格好良いっぽいよね、今度から僕その路線で行こうかな。なんていうの、北極圏のシロクマ!みたいな。世界最大の猛獣!みたいな。ワイルド‥‥」
「ちょっ、止めてくれよ君がワイルドになったら『俺の可愛いマティが!』とかフランシスに泣きつかれるの俺じゃないか!」
「ふはっ、君の声真似無駄に巧いよね。ああ、シロクマ可愛いなぁ、ねぇアル、今度動物園行かないかい?次の日曜の模試って午前中だけだよね?フランシスさんに車出してもらってさぁ。あ、せっかくだからお弁当も作って貰おうか。この前『美味しいハンバーガー食べたいです』って言っといたから多分ハンバーガー作ってくれるんじゃないかな」
「‥‥ああ、うんいいけどね。ていうか、肉食系ってより小悪魔系‥‥こういうところアーサーに似てるんだから、全くもう‥‥」
「何か言ったかい?」
「言ってないよ! ‥‥一口いただき!」
「あ!」
出し抜けに言った台詞と同時、甘い匂いのカップごと僕の手攫っていったアルはカップを傾けて流し込むみたいに一口でメイプルティアイスを食べてしまった!ちょっとおおおお何するんだい!!!
「酷いよアル!」
「君がいつまでたっても食べ終わらないのが悪いんだぞ!‥‥ああ、ダッツ美味しいよーもっと安くなればいいのに」
「それは賛同だよ‥‥って、違うよっ、君がなんでも食べるのが早いだけであって、僕のアイス、」
「ほら、マット帰るんだぞ!今日は生徒会の仕事はお休みだ!」
「あっ、こら逃げるな!」
大きく笑って駆け出した従兄弟を追いかけて、僕も立ち上がる。
輝くような金髪に鮮やかなスカイブルーの従兄弟は周囲の視線を惹きつけて、本物のヒーローみたいに輝いてる。
きっと彼は、躊躇いなく駆けていくんだろう。
迷って、迷って、迷いを断ち切って、愛しいひとの元へと駆けていくんだろう。
いつだってそうだった。いつだって彼は、ヒーローだ。
‥‥その年下のヒーローのことを、優しく強い、不器用で、少し臆病な従兄が特別に想ってることも、本当は僕、知ってるよ。
だから、だから。
「アル!」
「なんだい?!」
「頑張れ!」
駆けながら振り向いた鮮やかなスカイブルーが、驚いたように見開かれるのに、僕は真っ向から視線を返した。バチン、と火花でも散りそうな勢いで視線が交錯する。
きっとこんなこと言わなくたって、君は頑張っているの知ってる。悩んで、泣いて、傷つけて、けれど想いを定めて、頑張っているの知ってるよ。
辛いかい? 泣きそうかい? けれどね。僕は、言うんだ。
「頑張れ!」
学園のヒーロー。大切な、僕の従兄弟。‥‥さぁ、笑って言っておくれよ!
「勿論さ!だって俺は、ヒーローだからね!」
輝く笑顔で言い切った姿に、周囲の視線は釘付けだ。
格好いい僕の従兄弟。真っ直ぐに恋をしている、とても一途で可愛いアル。
「‥‥けれどアイスの恨みは忘れないんだぞ!待てぇ!」
「あははは!追いつけるかい?!」
バタバタと全速力で駆け抜ける僕らに向けられた視線に、アルがバチン!と音がしそうなウィンクを投げる。途端に上がった喚声は、好奇心と憧れと恋心とが混ざった、華やかな音。
僕は苦笑しながらその後を追いかけたものさ。
ねぇ皆、そこの格好良い『憧れのジョーンズ生徒会長』は、とても素敵で可愛い恋をしています!
廊下を駆け抜けて飛び出した校庭、見上げた空は鮮やかなスカイブルー。
「マシュー、俺は走るぞ!」
「も、ぅッ、走ってる、じゃないか!‥‥っ速い!待てってば!」
「待たない!‥‥走るんだ!」
恋をする、彼の元へ?‥‥この一直線!
ああ、恋っていうのは、恐ろしいものだ!
恋は空色
the end.(2011.06.09)
「マシュー、動物園デートならお兄さんと二人で行こうよー。デートデートー!」
「もうアルと約束したもん。‥‥ランチはハンバーガーがいいなぁ?ね、フランシスさん、」
「おねだり上手になっちゃってまぁ‥‥」
「‥‥フランシスさんのおうちにいるほうがゆっくり出来ていい。おうちデート。ね?」
「ああんもうなんなのマティ、最近可愛くなりすぎだよ。どうしちゃったの?お兄さんメロメロです!」
「んんー‥‥頑張って走ったから、かなぁ?」
「へ?」
そうだよ、頑張って走って、そうして捕まえたんだよ、貴方を。