夢みたいだ、って時々思う。
だって、イギリスさんはアメリカのことが大好きで。
どれだけ辛辣にされても、どれだけ邪険に扱われても、次に会うときはまるっきり忘れたみたいに親しくしている。あるいは、しようと努力して、またやっぱり辛辣にされてヘコんだりしてる。
アメリカのことが好きだって言うイギリスさん。言葉では言ってないかもだけど。それ以外の、全部で。仕草も視線も価値基準さえ、殆ど無意識にアメリカを意識してる。
アメリカだって、なんだかんだ言ってもイギリスさんのこと、好きなんだ。
イギリスさんのスコーンを、「本当に君は料理がヘタだな!」って言いながら、残さず食べてるの、知ってる。
彼のアパートメントのキッチンに紅茶の缶が置かれているのも、知ってる。
イギリスさんのことが好きな、アメリカ。言葉には絶対にしないけれど。‥‥もう、本当に似たもの同士だよね。
似てるから、彼らはきっと惹かれあうんだと、思ってた。
『イギリス!ねぇ、この前のあれさ‥‥』
『はあぁ?ったくもー、‥‥仕方ねぇなーお前はぁ』
ここぞと言う時には、イギリスさんに甘えるアメリカ。
頼られたら、ちょっと呆れて、でも凄く嬉しそうに応じるイギリスさん。
入り込めない(入り込もうとは思わないけれど)。
分かち難い(彼らを離すことなんて無理だけれど)。
それは、彼らだけの絆。‥‥だから。
どれほど僕がイギリスさんのこと好きでも、駄目なんだって。
だって、僕はアメリカじゃないから。
どれだけ姿かたちが似ていても、アメリカには、なれないから。
だから、夢みたいだって。
彼に、触れるなんて。彼に、触れられるなんて。
夢みたい。夢かもしれない。な。
夢でもいいや、覚めなければいい。
(でも、もしも夢じゃなかったら‥‥)
「‥‥ばぁか。夢じゃねーよ」
「へ‥‥あれ?」
意識の向こう側から、柔らかな感触。
至近距離から、現実の声が返ってきた。
ぱちりと瞬きしてクリアになった視界を占めるのは、鮮やかな翠緑の瞳。まるで持ち主の丹精する薔薇の葉のように気品があって、強い。
「‥‥ッ、え、イイイイギリスさん?!」
「ん。」
いつの間に?!え、ていうか本物?!
ガバッと身体を起こした。‥‥ああ、そうだった僕、ソファで横になってたんだ。
冬の陽がトロトロと蕩けそうな赤い色で山脈の稜線に消える頃、年納めの仕事が終わって。
上司から、来年も宜しくな、なんて言われて、リボンをかけたメイプルシロップとアイスクリームのプレゼントを貰って。
のんびり屋だって世界でも評判の僕のうちの皆が、評判どおりにのんびりとした、けれどどこか弾むような軽やかな足どりでストリートを歩いていて、僕もそれに混じって家路へと。
深々と冴えた大気が、息を白くしていた。
一年の終幕に相応しいメイプルシロップの飴細工をサァっとばら撒いたみたいな、星空の下。
うちに帰って、クマ吉さんの頭を撫でて、それから‥‥。
「ったくお前は、こんなところで寝てたら風邪ひくだろーが」
景気が悪くなったらどうすんだよ、なんて軽口と一緒に、クシャクシャって、髪をかき混ぜられる。白い、細い指先。あったかい、手のひら。‥‥イギリスさん、だ。
くるっと辺りを見回せば、そこは見慣れた僕の家。
窓の外は濃い夜の色、廊下をトコトコと歩くクマ衛門さんが、その両腕にリボンのかかった鱈(タラ)とサーモンを抱えて寝床にしている部屋に歩いていくのがチラッと見えた。
そして目の前にいるのは、イギリスさん。
トラディショナルな仕立てのスーツを違和感なく着こなして、腕には簡単にたたまれたロングコートと帽子。強い煌めきのある豪奢な金色の髪、少し幼い顔立ちと、鮮やかな緑の瞳。
「‥‥本物?」
「待て、お前んちに俺の偽物が来たことあんのか?」
「いえ、ないですけど」
殆どツッコミの領域で反射的に応えれば、「そうか‥‥いや、あのイタズラ好きなら俺のニセモノくらい作っちまってそーなんだが‥‥」と、よく僕には解らないことを小さな声で呟く。ああ、うん。イギリスさんだ。
‥‥って、
「なんで、此処に?」
ほろりと、本当にほろっと零れた言葉だった。
だって、ここは僕の家だ。僕の国、カナダだ。
そしてイギリスさんの在るべき場所は、広い広い紺碧の海を越えた向こうにある、美しい国で。
‥‥さすがに、アメリカならもう少し下のほうですよ、なんてまで卑屈なことは思わないけれど、でも、普通に何で?って思ったんだ。
一年の終わりは存外に忙しい筈だ。僕だって、普段よりちょっとだけ、忙しかった。のんびり屋の僕の家でそうなんだから、‥‥イギリスさんの家なんて、ものすごく忙しいんじゃないかな。このひと、悪巧みと仕事が大好きだし。
だから何も考えずに、いや、このひと忙しいのにとかそういうことを一瞬で考えて、零れた言葉だった。意味は、あんまりなかったんだ。
だから、イギリスさんが、切なそうに笑うなんて、思わなかったんだ。
「俺だって、年の瀬くらいは好きな相手と過ごしたいとか思うんだぜ?」
「‥‥‥‥あ、」
サァっと、頬に血が上った。それからきゅっと胸が痛んだ。
そうだ。イギリスさんは、僕の大好きなひとだ。
僕の大好きな、恋人だ。
好きですって、言った。俺もだよ、と言ってもらえた。夢みたいだ、天にも昇る気持ちだった。嬉しくて嬉しくて嬉しくて、涙さえ零した僕のことを、泣くなよ、夢じゃないからとぎゅっと抱き締めてくれた。
逢いに、きてくれた。
「イギリスさん、」
だって貴方、アメリカのこと大好きだから。
貴方はアメリカが大好きで、アメリカも貴方のこと大好きで。いつだって予定調和のように喧嘩して、つれない台詞にけれどとびっきり甘い感情を忍ばせて、誰にも入り込めない世界で。
だから、だから僕なんてって、どこかで思っていた。好きだって言って好きだって言われて、手を絡めてキスをして肌を合わせて、それでも信じきれてなかった。こんなに好きなのに。
僕は好きなひとのことを、信じてなかったんだ。
「‥‥あの、」
「まぁ、仕方ねーのかもな」
イギリスさんが、笑う。腕に掛けていたコートを(ああ、早く立ち上がって受け取らないといけなかったのに!)ぽいってソファの端に放って、ふぅ、ってひとつ息をついて。
それから、きゅっと抱き締められた。ソファの前、膝をついて、座ったままの、僕を。
「‥‥お前が、さ。信じられないのは無理もないんだろうな。ずっと俺、お前のことほったらかしにしてたわけだし。‥‥アイツが、独立したあたりのことなんて、俺ほとんど覚えてねーし。お前にたくさん、つらい思いさせたんだろうな」
ほろほろと、僕を抱き締めたまま、イギリスさんが静かな声で話す。
イギリスさんの匂い。体温。‥‥昔の、遠い昔の記憶。
辛かった記憶。切なかった想い。振り向いてくれない、僕のことを「アメリカ」って呼ぶ、イギリスさんのガラスのように乾いた目。
僕はここに居るのに。僕だけは、貴方の傍にいるのに。好きで、好きで好きで好きでたまらなくて、けれど言っちゃ駄目だと思っていた。僕は、貴方の好きな、アメリカじゃないから。
なのに、想いが溢れて。
好きですって、言って。
俺もって、返されて。
‥‥嬉しかったのに、信じられなくって。
「でもな、カナダ」
イギリスさんが、僕の名前を呼ぶ。アメリカでも誰でもなくって、僕のことを、呼んでくれる。
「アメリカのことは、好きか嫌いかの二択なら、そりゃ好きだよ。だってアイツは俺の弟、お前の兄弟だ。大概酷ェやつだけどな、それでも、弟なんだ。好きに決まってる。そして、お前も俺の弟。大好きだよ、当たり前だ」
「‥‥弟、だから?」
おとうと。彼が、イギリスさんが欲しくて欲しくてたまらなかった、身内だから?
アメリカと同じくらい、僕のことを、好き?
「そう、弟だから。それもあるな。それと、」
そうっと、まるで祈るように。まるで誓うように。
「お前が、俺の恋人だから。ただの弟に俺はこんなことしたいとはおもわない。アメリカにしたいとは、思わねぇよ。お前だからだ。‥‥カナダ、お前だけだ」
柔らかな、くちづけが降りてきて。
「だから、信じろ。夢じゃないんだ。‥‥いつか、ずっと先でもいい。夢じゃないって、信じさせてやるよ」
「‥‥はい。」
一年の終わり。窓の外は冴え渡る星空。
終わりと始まりを共に過ごそうと駆けつけてくれた、夢みたいに優しい恋人の甘い告白を受けながら。僕は、頷いた。
夢じゃないのだと告げてくる、熱いくちづけと熱い体温を感じながら、僕は幾度も頷き、そして、告げ続けた。
「大好きです、大好き、イギリスさん、大好き‥‥ッ」
「ああ、‥‥俺も。愛してる」
夢じゃないのだといつか信じられるその日まで。
一年の終わり。きっと彼は言い続けてくれるのだと漸く信じられた、夢のような日々の、それは始まりだった。
Like a Dream,not
the end.(2008.12.31)
信用ないイギ様。
この先のんびり屋のカナにつきあって、
気長に信じさせていけばいいと思うよ。
因みにクマ二郎さんが持ってるタラとサーモンはイギ様のお土産。
「今日はカナのベッドに来るなよ。これやるから」
「ン。ジンジャーワイン モ欲シイ」
「わかったって、年明けに贈るから」
それをひとは賄賂と呼びます
そして、これの続きのイギ様視点が此方。→『夢路より君、帰り来よ』