『グリーンスリーヴス』の続編です。










国王は、国の要である。

王政を敷く国家国体であれば常識中の常識、言われるまでもないことであるし、いっそ一般の民草にしてみれば思いつきもしないことだろう。彼らは王をくさすことはあっても、疑うことはない。彼らの依って立つものが国家であり、王であると骨の髄まで浸透しているからだ。また貴族階級にしたところで、国がなければその地位もないことを思えば、安易な国王批判など起こるはずもない。不敬罪、下手をすれば国家反逆罪で全てを失うくらいならば、王に国家によく仕え奉仕し、己の家名と国を守っていくほうがよっぽど楽だ。
王は国を動かし、保護する。あるいは、その国そのものである。
絶大な権力、億万の富と栄誉。そして、それを手にするだけの重責。
もちろん、王家王族という一血統の内の唯ひとりに、国の行く末をまかせるというのはある種の賭けに似ている。何故といって、絶対の権力を持つ人物が常に理知を持ち英明である、という保障はないからだ。たった一人の暗愚な王によって滅亡した国は、過去の歴史書を紐解くまでもなく市井で口にされる戯れ歌となり、街角の子どもに遊びがてら歌われている。
暗愚な王によって滅びる国。

‥‥もっとも、少なくともこの国の今上においては、それはないだろうけれど。

「‥‥以上が直轄地の租税についてです。細かい数字は後ほど財務官が書面にて提出いたします」
「わかりました」

落ち着いた、滑らかな声が報告書を読み上げたフランシスの耳を打つ。
当代随一の名工と呼ばれる職人によって作られた卓の縁を、ほっそりとした指先で叩いていた王はその言葉と共に指先を引くと、長い息をついて瞳を閉じたものだ。
解らないでもない。煩雑な税の徴収についてを任され統率し、報告書にまとめたのはフランシスだが、当の己でさえときおり数字に酔いそうな気分になるのだ。ずっしりと手に重い報告書ぶん、いちどきに聞かされた王の脳内は推して知るべし‥‥といいたいところだが。

「‥‥はい、理解しました。ではあと半刻後に財務官をあつめてください、来期についての話を。そう、徴税官からの訴えもありましたからそれを任せているカリエド卿も」
「御意」

優雅に礼をとるフランシスを、身分からすれば質素に過ぎる椅子に気だるげにもたれた王が睥睨する。夜色の髪と瞳、じっと見ていれば吸い込まれそうな色の其れに宿るのは、確かな英知。
ごく幼い頃に兄より受け継いだ玉座を、そのほっそりとした体躯に恐ろしいほどの理と義と術を携え国を守り抜いてきた今上の名は、国内のみならず近隣諸国へも鳴り響いている。間違いなく、史書に名賢王として名を残すだろう王だ。
フランシスは臣に下った身分だが、己もまた王族の血を引いている。が、正直彼に敵うだけの力量だとは思っていない。‥‥幼い頃から長く今上の傍に仕えた身だ、加えて自分に驕れるほどには、馬鹿でもなかった。

フランシスは部屋の脇に侍っていた侍従に財務官への召集を言付ける。
王の執務室に控えるにはやや若いように見える侍従は、フランシスの言葉を懸命に聞き取ると、丁寧に礼をして部屋を後にした。‥‥微妙にその頬が赤いのは、フランシスのひっそりとした微笑と目配せのせいだ。うん、細い腰と水色の瞳が、少し好みだった。
その後姿を暫し見送っていたところに掛けられた、淡々とした言葉にフランシスはうっすらと笑ったものだ。

「うちの若いコを誑し込まないでくださいね」
「おや、これは心外。私の愛は常に誠実で美しいものですよ」

わざとらしいほどのきらめかしい笑みを顔にはりつけ、それこそ色気のたっぷりこもった視線でみやった主君は、どうだか、と呆れた口調でゆるく笑った。その笑みに、フランシスも先ほどまでとは違う、くだけた笑みを浮かべる。

「菊様。お茶でも飲まれますか?」
「ああ、そうですねお願いします。ついでに菓子も出してくださいな、そこの棚にこのまえ貴方が持ってきたの、入ってるから」
「はーい、かしこまりまして」

ひらひらと指先を振って示された棚をフランシスは躊躇いなく開ける。
これが侍従や女官達の控えている場であれば、いちいちその所作ひとつにいたるまで常に王を敬い、たて、ぶっちゃけしち面倒くさい手順をこなしてうごかなければならないのだが、現在の執務室は、王とフランシスのみである。
これは王のフランシスへの信頼であり、ボヌフォワという王家随一の盾と呼ばれる家名への、周囲の信頼であった。
そして、今上‥‥菊の、幼馴染みである、という気安さの。

「はい、お疲れ様」
「まぁ、ね、これが仕事ですから。‥‥ああ、貴方もお疲れ様。あの報告書面倒だったでしょう」
「いいえー。菊様のみこみ速いから、書いてるほうもわりと楽なんですよ、へんな回りくどい説明要らないし」
「それはそれは」
「仕事はやったぶんだけ評価されるし、天気はいいしお菓子は美味しいし俺は美しいし、今上にお仕えできてラッキーです」
「いくつか関係ないのありましたよ」

王の半畳に笑いつつ、手ずから淹れた茶を差し出して言った言葉は軽いものではあるが、本心中の本心だ。フランシスは自分に満足している。
権力の中枢近くにあって誇れるべき職を持ち、誇れるだけの家名も地位も財も持ち、ついでとばかりに輝くばかりの美貌も持ち合わせている。何の不足があろうか。
そして、仕えるべき主君は賢明で理知と慈愛に溢れ、‥‥




「そんな『美しいフランシス様が悶え苦しんでいる秘めた恋』とやらはどうなりましたか?」




危うく茶を吹くところだった。

「‥‥‥‥‥‥ッケフ、けふ。菊様ー?」
「世に言うところでは『フランシス様がアーサー様の秘密の恋人に叶わぬ恋をし、アーサー様から決闘を申し込まれた』とか」
「‥‥‥菊様」
「その他のバリエーションでは『アーサー様の秘密の恋人を攫って連れ帰った』『アーサー様に懸想するフランシス様が嫉妬のあまりアーサー様の恋人を誑し込んで捨てた』なんてのもありますけど。いやはや、色男はなんでもありですねぇ」
「ないないないっ、ないです」

ぶんぶんと首を振ってのフランシスの否定に、王はしかし優雅に笑って肩をすくめるばかり。

「ううん、いいですねぇロマンチックで。ランスロット然り、騎士物語にはやはり不義の恋がなければ楽しくありません。そろそろ街の本屋に並ぶんじゃないですか似た話が」
「‥‥‥‥‥‥菊様、それ貴方が書いたのじゃないですよね。ていうかそれ貴方が流した噂でしょう」
「ははは」

げんなりとした表情を隠さず王を見遣れば、楽しげに笑うひとがいるのみだ。
‥‥賢明で理知と慈愛に溢れる名君は、いささか性質の悪い暇つぶしがお好きなのが玉に瑕だとフランシスはお茶を片手につくづく思う。
つい先日も、「そろそろ私も兄に倣いこの玉座を降りたいところです。‥‥そういえば、我が優秀なる家臣にはよい血筋のものがいましたね」などと言い出すやフランシスやその腐れ縁をつついては(そう、つつく、である!)遊んでくれたものだ。そもそも王位継承権などという神聖かつ大仰な話題だというのに、側近達は「ああそれもありかもしれませんね、あとは当事者で話してください」などといい加減すぎることをいうなり、フランシスとその友人である青年に王を押し付けたのである。‥‥あれはまさに世話係の押し付け、訳せば「暇つぶしの人身御供になってください!」だった。

‥‥まぁ、そんな暇つぶしで菊様がアイツを拘束してる間に、俺はあのコとの距離を詰めることが出来たのだけれど。




可愛い可愛い、森のほとりに住む少年。
噂は、ある程度正しい。彼はアーサーの恋人でこそないが、大切に大切にしている少年であった。
そしてフランシスが愛した、‥‥フランシスを愛した、少年。




「‥‥まぁ、暫くアーサーには追っかけられるでしょうねぇ」

苦笑しながらのフランシス言葉に、王はひょいと綺麗な柳眉を上げて、おやおや、などと呟いたものだ。

「決闘するならば見学にいきたいものですが」
「いやいやいやしませんからしませんから、ていうかアーサーに勝てる気ゼロです無理無理無理」
「でしょうねぇ」
「‥‥そこで認められるのもちょっと複雑です」
「え、だって無理でしょう」
「‥‥無理ですね」

顔をあわせるなり無造作に、それはそれは面倒くさげに、目にも止まらぬ速さで抜いたサーベルの切っ先を喉元に突きつけられたときは正直泣きそうだったものだ。
‥‥けれど、それは、つまり。

「つまり、裏を返せば『アーサー様の秘密の恋人』さんを貴方が落としたってことでしょう?」

王の楽しげな声に、フランシスはニヨリ、と些か性質の悪い、率直に言えばいやらしい笑みを浮かべたものだ。

「ま、後はどうやって本当にうちまでお持ち帰りするか、だけなんですけどねぇ‥‥どうしたものやら」
「おや、おや。それは、私に力添えをしろとでも?」
「ううん、さすがに俺も、寂しくって」

ほっそりと華奢な身体を、ふっくらと柔らかな唇を、思い出して日々悶えるほどには若くはないが。‥‥まぁ、枯れてもいないわけで。
大仰に肩をすくめるフランシスに、王はクツクツと笑う。そして、『大切な恋の障害に嘆き悲しみ、主君へ悩みを打ち開けた美貌の臣下』に対し、いくらかの便宜を図ってやろうかと、そっと口を開いた。




数ヵ月後、市井の本屋には秘めた恋を成就させた騎士の物語が並び人気を博した。
そして、王の随一の臣下の元へ、彼の秘めた秘密の恋人がひっそりと寄り添うようになったことについては。

「‥‥‥‥そこは、秘密ということで」

呟きながら、王は泣きそうな目をした不機嫌なもう一人の忠実なる臣下を、柔らかな笑顔で慰めたのだった。









title/『グリーンスリーヴス(love story)』

リクエスト小説『グリーンスリーヴス』の続き的な仏加エンド。
アーサー様が手離さないエンドもあったりなかったり^^