「アーサーさん、」

トクトクと、ジャケット越しに早い心音が伝わってくる。
薔薇と紅茶の匂い。肩で息をしている、ほんの少しだけ、高い体温。背中を抱いてくる腕に、マシューは漸く自分が、恋人に抱き締められているという事実に思考が追いついた。

「‥‥え?あれ?あ、あのッ」
「ごめん、マシュー」
「え?」

ゆっくりと、抱き締めてきていた腕が緩められる。けれど腕の中からは開放されず、やんわりと寄り添うように金色の短髪がマシューの肩口に乗せられる。薔薇と紅茶の匂い。
アーサーは、軽く肩を上下させていた。走ってきたのだろうか。‥‥自分を、探してくれたのだろうか。

「あの、」
「うまく、いかねぇな」

ぽそりと、呟き落とされた言葉にビクッと身体が震えた。うまくいかない。‥‥確かに、うまく、いっていない。
屋敷に招かれ紅茶を振舞われ、優しい言葉を貰う。けれど、それだけ。‥‥それ以上の触れ合いを、二人は未だ持っていない。
好きな気持ちばかりが先行して、好きだから不安になって。
本当は、言えば良かったのだ。「手を繋ぎたい」と。ここにいる恋人達のように、手を繋いで歩きたいと、一言、言うだけでよかった。きっとアーサーは手を繋いでくれた。
けれど、言うのは怖かった。不安だった。
彼は優しい。昔からずっと優しくて、不器用に自分のことを『兄として』愛してくれた。今は『恋人』で、‥‥けれど、不安で。
あげく、せっかくのデートでもぼんやりとしてはぐれてしまう始末。‥‥彼の言うことは、いつも正しい。うまく、いかない。

「あのな、マシュー。ものすごく今更かもしれねぇけどさ」
「‥‥は、い」

ひっそりとした呼び声に、身体が震える。
もう、駄目かな。駄目なのかな。でも、‥‥駄目だよ。だって私は、まだ、こんなに、




「俺は、お前のこと、好きだよ」









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