例えば、お酒の匂い。例えば、自分はつけない甘ったるいコロンの匂い。これ見よがしなキスマーク、朝とは違うシャツ、見たことないネクタイやアクセサリ、ジャケットのポケットには自分もフランシスもつけないリングやピアスや密会場所と愛の言葉を書き付けたメッセージカード。‥‥ゴム。
しかし、それでも一見平穏に結婚生活は続きます。特に兄ちゃん視点ではちょう順風満帆です。可愛い可愛いマシュー、今日だって出掛けにキスを貰って、お願い、早く帰ってきてねって言われたんだぜ!
「‥‥。なのに、なに自分お持ち帰りしてんのん」
親分ため息。親友ながら、それはさすがに‥‥と苦い顔です。
その理由はといえば。
「えー、だって持ち帰るでしょーアレは。アレはちょっとなかなかないぜー?」
ニヨニヨ笑う兄ちゃん。どうやら相当美人の誘惑を受けたらしいです。勿論当たり前にお持ち帰り、ホテルへテイクアウトです。これまた当たり前に早く帰ってきてと言われたおうちにも帰らず、やることもソッコーやります。身体の具合的だとかお財布の中身だとかいろいろと、かなり良かったみたいです。これは暫く続けてもいいんじゃない?とニヨニヨ思いつつ、その美人とイチャイチャしてるところを。
マシューに、見られました。
マシューがどうしてそこに居たのか、兄ちゃんにはわかりませんでした。
帰らない自分を迎えに来たのか、それとも買い物か何かで外に出ていたのか。そういえば、普段自分が仕事で家を空けている間、マシューさんが何をしているのか兄ちゃんは良く知りませんでした。
時々、普段の食材や生活用品を買うお買い物とは別に出かけているのは知っています。時おり友人にも会っていたようですが(例のアジア系の彼らとか、ドレッドのおっさんとか)、大抵はお買い物のようでした。フランシス好みの服を買ってきて、ときおり着て見せてくれてたから。「似合います?どう?フランシスさん、こういうの好き?」「うん、すごく可愛いよ」そんな会話は数知れず。家に居なくたって、携帯に電話すればすぐに繋がりました。すぐに帰ってきてくれました。或いは、ご近所さんとのお付き合い。ご近所にはフェリシアーノさん(シンガー)とかルートさん(エンジニア)とか、ローデリヒさんとエリザさん夫妻(ピアニストと声楽家)とか、あとまぁ欧州のひとたちが住んでるみたいです。親分ちもあるし。ロヴィーノとは、家の行き来もあるようでした。
あとは、何をしているか。お掃除、料理、庭に造った薔薇の丹精、‥‥あとは。あとは、何を?
まあ、それは今はどうでもいい。はっきり言って言い逃れのきかない場面です。さすがの浮気性な兄ちゃんも慌てて浮気相手から離れて、マシューへと視線を遣りました。
瞬間、交錯する視線。
薄いレンズの向こうで湖水色の目が何かを言いたそうに、瞬きもせずフランシスを見つめていました。一瞬‥‥そこに浮かんでいたのは、なんだったのだろう。
自分は、何を言わなければならなかったのだろう。
「マ‥‥、」
その名前を呼びきるより早く、マシューは踵を返しました。何も言わず、泣きもせず怒りもしない。どころか声も掛けない。兄ちゃん拍子抜け。‥‥あれ、ここはアレじゃないの、何してるんですかフランシスさんとか、僕がいるのに最低!とか。いわゆる修羅場とかそういう場面に突入って、そういうのじゃないの?
さすがの兄ちゃんも、自分の可愛いパートナーに自分浮気してます!と宣言はしていません。まぁ当たり前ですね。一応コソコソ、そのスリリングさも含め愛とセックスのスパイスにして、浮気ライフを楽しんでいました。が、その浮気現場を押えられたしかも本人に!というわけで、美人を放り出して(どれほど極上な相手だろうと所詮は浮気相手なのです)慌ててマシューさんを追いかけたわけですが。
そこで見たのは、見知らぬ男の腕に飛び込んで抱き締められて号泣するマシューさんでした。
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