高級そうな(ていうかはっきり高級、運転手つき)車の前に立っていた男。
自分では絶対に着ないだろう堅苦しい伝統的なスタイルの極上の仕立てなフルオーダーのスーツ。つま先まで手入れされた革靴、腕にはシルバーのバングルと、小指にシグネットリング。金をかけまくっているのにそれが全く嫌味でなくごく当然として着こなしている。自分より色の濃いブラウンがかった金色の短髪、背は自分より絶対低いし細身だけれど、やたらめったにハイプレッシャーな独特の雰囲気と立ち姿。
兄ちゃん絶句です。これは、考えたこともなかった光景でした。
だって、マシューは自分のことが大好きだ。たしかに「愛してる」といい続けて落としたのは自分だが、それに泣くほど嬉しがって、エンゲージリングを、左手に填めてあげたマリッジリングをいつだって大切そうに撫でて、片時も外したことがなくって。抱く時にその指輪にキスを落とせば、もの凄く喜んでいた。よろこんで、なんでもしてくれたしさせてくれた。
それはフランシスの愛の証。其れを填めている限りは、マシューからの愛の証。家族であると謳う宣誓。
そう、今だって填めてくれている筈。
けれど、マシューの指先が見えない。
声を上げて泣いている、号泣しているマシューは指先も‥‥腕も身体もぎゅっとその男に抱き締められ、抱きとめられている。背中と腰を抱くように回された腕には指の先まで労わりと愛情に溢れていて、頭は縋りついているマシューの首元にそっとうずめるようにして。
見る者の心を無条件でうつ、出来すぎたワンシーン。
男がマシューの耳元で何事かを囁いて、それに尚も泣いているマシューが少しだけ首を振る。それにどこか、痛ましいようなけれどどこまでも慈しみ深い笑みを浮かべて、男は車のリアシートのドアを開けました。集めまくりの衆目から(そりゃ目立つよね!)隠すように、泣いているマシューの頭を上から抱え込んで、車へとそっと押し入れます。
それから、一瞬姿勢を正して、すっと辺りを見回しました。
鮮やかな緑の瞳は、好奇に満ちた視線を存在ごと薙ぎ払うかのような迫力です。心弱いひとならばその場で硬直しそうな、王者の如き文字どおりの上から目線。その視線に、集められていた視線は蜘蛛の子を散らす如くひきました。
そして。
「‥‥ッ、」
自分に向けられた、射殺さんばかりの、視線。
兄ちゃんは、その車が走り去るまで一歩も動けませんでした。
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