さて、というわけでマシューさんに出て行かれたフランシス。
探します。とにかく探します。探したその先のことは、あんまり考えていません。ただ、謝らないといけない。
自分の無体を、不義を、不誠実を。謝らないといけない。
「失せろ、下種」
パシャッ、と顔面にかけられたのは湯呑みに入った日本茶です。
幸いと言うかなんというか、作法に乗っ取って丁寧に淹れられた日本茶、さらには淹れられて暫くたった50度ほど。よかったね烏龍茶だったら95度でしたよ。
「‥‥王。ムッシュ、どうか話を」
「香、客がお帰りある。塩持ってお見送りするがよろし」
うぃッス、と応じた黒髪の少年が口調に見合わぬ楚々とした足どりで兄ちゃんの傍にやってきますが、兄ちゃんは動きません。髪から顎から日本茶を滴らせつつも、視線は正面に座る、王氏に向けられています。
場所は王氏(中国にーに)の経営する、漢方医院。年齢不詳なアジアンビューティの絶対零度の視線に、フランシスは晒されていました。
王さんは、カナダの携帯の『友人』カテゴリに入っていたひとです。フランシス自身も面識はあります。結婚式で、パンダのぬいぐるみと変なかたちの水晶をくれた人。
パートナーに失踪された兄ちゃんは、必死でマシューさんを探しました。最大で唯一の手がかりは、あの子が残していった携帯電話。
『友人』カテゴリにはいっていたナンバーにかたっぱしから総当りで電話をし、彼の行方を訊き、なりふり構わずその友人たちに会いにいきました。
結果、マシューさんの失踪を知った人物たちから批難囂々。ドレッドのおっさん(実は年下)にはバケツアイスを投げつけられるわ、アジア系の青年には床を転がりながら泣かれるわ(「マシューを傷つけた謝罪と賠償を求めるんだぜ!」と泣きながら言われました)、散々な目に遭う兄ちゃん。
でも、それも自業自得だから。
フランシスは、マシューさんの交友関係を当たればあたるほど、彼のことを知らなかったのだと痛感します。だって、兄ちゃんの知らないマシューさんを目の当たりにしたから。
おっとりしていて、ひたすらに優しい。それが、「フランシスのマシュー」。
けれど友人たちから聞くマシューさんは、それだけじゃない。
結構に食い意地のはったマシュー。バケツアイスを競うように食べた。‥‥あいつ、甘いもの大好きなんだぜ俺と遊びにいくたびアイス食ってた。知ってるだろうけれど。
容赦ないお説教かますマシュー。目の前に正座させられてお説教された。‥‥ちょっとメイプルシロップの起源は俺!って冗談言っただけなのに、3時間ぶっ続けでお説教されたんだぜ怖いんだぜ。知ってるよな?
他にも、たくさん。たくさんの、フランシスの知らないマシューに出会いました。
そして、問われ続けた。知らなかったのか、と。
「知らなかった」
そう、兄ちゃんは知りませんでした。
恋人の‥‥たったひとりの、家族の生活を。マシューの、マシューが、どんな日々を送っているのかさえ、知らなかった。知ろうと、しなかった。
だって、家族だから。あの、まっしろい壁と赤い屋根のおうちに戻れば、マシューさんは居る存在だったから。玄関を開ければトタトタと走ってきて自分を迎えてくれて、可愛らしく微笑んで、キスをして、抱き締める存在だったから。
それ以上を、求めていなかったから。
「‥‥‥‥どうか話を。お願いします、彼の行方を知っているのなら、どうか」
「あの子はお前の傍から離れたくて出てったある。其れがあの子の意志。なら、我から話すことはないあるね。とっとと帰るよろし。‥‥それとも、切り刻まれたいか」
ほっそりと小柄で年齢不詳な美人は、ただ椅子に掛けているだけなのに、もの凄く威圧感。憤怒、憎悪、嫌悪、‥‥憐憫。
「‥‥また、来ます」
「来るな」
「来ます」
にべもない言葉にも兄ちゃんは強く言い返しました。‥‥強く言わないと、自分の中が壊れそうだったから。
でも、壊れるわけにはいかない。
泣くな。泣くな。泣くな。哀しむ資格は、俺にはない。
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