一方で兄ちゃんはちゃんとお仕事もしています。
働かないとね、社会人なんだから。だから、きちんと朝は起きて、出勤して、働いて。
それ以外のすべての時間を、マシューさんを探すことに費やして。

遊びには行かなくなりました。
飲みに行くのも、女をひっかけるのも、ほんのちょっとの居眠りさえ。
そんなことより、と。

「‥‥なぁ、フランシス、な、今日俺んちでごはん食べてきや?な?」
「いや、‥‥家に、帰らないと。あと、連絡とりたいし」

連絡、入ってるかもしれないし。
そう言って淡々とした手つきで帰宅の準備をする親友を、アントーニョは複雑な思いで眺めます。

アントーニョにとって「家に帰ろうとするフランシス」の姿は、実はあんまりみたことがないものでした。彼は昔から奔放に遊びまくり、酒も女もときどき男も、この世の中の様々な快楽を残らず堪能しつくす!といわんばかりにふらふらと街を闊歩していた。特に、自分で身を養うようになってからは、本当お前の家は何処にあるんだという勢いで、恋人だのセフレだのパブで知り合った行きずりの相手だのの家だかホテルだかを渡り歩くような生活をしていたから。
けれど結婚してからは、少しだけ、そう、少しだけ変わったように見えたのだ。夜が明けるまで遊んだとしても、皆が「さようなら」といって帰ったとしても。
まるで行き場のないこどものような目をすることが、なくなっていたから。
家に待つのは冷たい眼をした両親ではなく、彼が「選んで」「愛した」、あの子だったから。
自然に、足が家に向くフランシス。その変化を、密やかな安堵で受け入れていたアントーニョ。だって親友なんだ。どうしようもないヤツだけれど親友で。‥‥幸せになってもらいたくて。
家に帰らなきゃ、なんて意識しなくても、彼の足は彼が望んで手にしたあの家に向かっていたのだ。
あの子の待つ、あの家へ。

「‥‥帰らないと」

あの子の居ない、あの家へ?

「フランシス!‥‥フランシス。なぁ、‥‥」

ガッ、と親友の腕を取るトーニョ。
でも、言葉が続かない。‥‥どうか、そんな乾いた目をしないでくれ。お願いだから!

「‥‥‥‥バカ言いなや、ご近所さんやん。メシくらい食べてき。それがご近所づきあいっちゅーやつやで?」

あえて、軽やかにいう親分。
俺も帰るから!あとよろしくなー!と事務所の人間に言い残し、フランシスの腕を引っ張って帰ります。
『フランシスが嫁に逃げられた(それも男作って)』という噂はもう事実として広まっていましたが、さすがに彼らに近しい場所にいるスタッフはフランシスの好い面も少し歪んだ面も知っているので、なにも言わずに送り出してくれます。
とりあえずご近所なので自分の車に彼を押し込んでご帰宅親分。‥‥小さいけれど、何時だって明かりのついた我が家。かあえぇ俺のあのコが待っててくれる、あったかい、自分の家。

「おう、おかえり‥‥って、なんだよ、ソレ」
「ただいまぁロヴィーノ、うーん今朝より美人さんやね、もー親分惚れ直すわぁ!な、今日のごはん、なん?」
「‥‥‥‥トマトとバジルのパスタ。ソラマメのミルク煮」

お出迎えしてくれたものの、その隣りにいるフランシスを見て即座に眉を顰めるロヴィーノ。まあ当然ですね、もともとソリのあわない(程度に親分は考えてます)相手な挙句、自分の友人を酷い形で傷つけた相手です。‥‥が、でもやっぱりフランシスは親分の親友なので。

「そか、ソースならひとりぶんくらい大丈夫やんな。あ、なんやったらこれから俺がピッツァでも焼こか。ロヴィなにがええ〜?オルトラーナ?フォルマッジョ?好きなの焼いたげるしな。あ、フランシスの好みは訊かへんでー何でも食べろや」

軽やかにあえて空気読まず、フランシスの腕をひっつかんで家に押し込みつつ、可愛い可愛いパートナーには片手でハグしてキスをします。世界一陽気なラテン系侮るなかれ。

「いや、俺は、帰るから‥‥」
「いいから!食っていき。‥‥食べてや。なぁ、頼むから」
「‥‥‥‥でも、」

すっかり、痩せてしまっている、親友。
勿論倒れるほどではないしもともとスリムだったのもあるけれど、それでも、少しくすんでしまった肌だとか、引っつかんだ腕の力の無さだとかに、親分は危機感さえ覚えていました。
ちゃんと食ってるか?と訊いた親分に、数日前のフランシスは少し笑って、そんな暇ない。とだけ。
ごはんを食べない。だって、そんな暇あったら、マシュー探さないと、だろ?

あの日の、あのコが作って待っててくれた晩餐に勝るだろう食事は、もう自分には作れないから。
何を食べても味がしないんだ。

「アホいいな!食わな死ぬやろ!?‥‥したらもうあのコにかて会えへんやんか!!」

思いもかけない強い言葉に、さすがのフランシスも言葉を詰まらせます。親分としてもなんとか軽い雰囲気で乗り切ろうと思っていただけに、うっかり本音が出た形になって言い切った後は続く言葉が出てきませんでした。
そんな微妙な空気になった玄関先を救ったのは(親分ちの玄関先はいつでも大変ですね)、親分の腕の中にいた、ロヴィーノでした。

「‥‥コッパあるから。先にあれ食ってろ。アーティチョークのマリネと、ナスのグリルも。あと、何か作るから」
「あ、‥‥うん、ありがとな、ロヴィーノ」
「‥‥俺は、でも」
「言っとくけどコッパはピアチェンツァのDOPだ!心してありがたく食いやがれコノヤローども」
「‥‥‥‥。」
「‥‥帰るんなら、何か作って詰めるから。とにかく少しぐらい待ってろ。‥‥二人分、作ってやるし」

帰ってきてるかもしれないって、思ってるんだろ?
だから家に居たいんだろう、たとえそれが夢みたいな可能性でも、家に居たいんだろ?
あれは、お前たち二人の家だから。

「食ってけよ、フランシス。帰るのはその後だ」
「‥‥ああ」

フランシスの頷くのを確認する前に、ロヴィーノは親分の腕からするりと抜けて、スタスタとキッチンへと行ってしまいます。それを見送る、親分とフランシス。

「‥‥‥‥‥‥ああ、かっこえぇわぁ、ロヴィーノ」
「‥‥お前には勿体ないくらいにな」
「やらへんでーあのコは俺のやでー」
「いらねっつの。俺には、‥‥マシューがいるから」
「‥‥せやね」
「ああ」

そうして目を合わせた親友二人、少しだけ笑いあう。
笑えたことに、互いに少しだけ、感謝と安堵を、分かち合いました。



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