「‥‥またお前あるか」

うんざりした表情を欠片も隠さず顔をしかめた王に、フランシスは苦笑しました。

マシューが居なくなってから結構な時間が経ちました。季節ももう二つ、変わろうとしています。けれど彼の行方は杳として知れませんでした。
そんな中でフランシスも、それなりの落ち着きを取り戻そうとしていました。
仕事をして、自宅に帰る。ときどきトーニョやギルに怒られながら食事もするし、あの子が大切にしていた庭のバラにも、水を遣る。
そして、彼を探す。その繰り返し。
幾度も幾度も尋ねてくるフランシスに、必死なその姿に。マシューの友人たちは変わらぬ嫌悪と怒りと、そしてほんの少しの同情を持つようになっていました。

「何か連絡があれば、しかたねー、知らせてやっから。アイスやるよ、食えよ、アンタ痩せ過ぎだぜ」
「アイツの行きそうな場所、思い出したんだぜ、行ってみるんだぜ!」

その言葉に、フランシスは心から礼を言いました。ありがとう、ありがとう、‥‥マシューを想ってくれて、ありがとう。
自分が彼を大切に出来なかった間に、彼に優しくしてくれてありがとう。
俺も優しくしたいんだ。謝って、心から謝って、たとえあの子が俺を許してくれなくても、優しくしたいんだ。‥‥会いたいんだ。愛している、マシューに。

「王さん、何か知っているなら、お願いします」

フランシスは頭を下げました。何度も何度も、請いました。
お茶をぶっかけられても、門前払いをくらっても、居留守を使われても、木彫りのパンダを投げつけられても。繰り返し王のもとを訪れては、マシューさんの行方を訊き続けました。

何故なら、マシューの友人たちに会ったうち「知るかバカ!」「帰るんだぜ俺のほうが知りたいんだぜ!!」と殆どの相手から罵られましたが、王だけは。彼だけは、「知らない」と言わなかったからです。
もちろん知っている、とも言っていませんが、兄ちゃんには察するものがありました。

このひとは、知っているのだ。マシューの行方‥‥少なくとも、高い可能性で居るだろう場所を。

「お願いします。俺は、彼に会わないといけないんです」
「そしてまた傷つけるあるか」
「‥‥傷ならもう散々つけた。馬鹿だったから。ずっとずっと、一緒にいる間ずっと俺はあの子を傷つけてきた。その責は、負わないといけないんです」

‥‥そう。俺に会うということは、あの子をまた、傷つけることかもしれない。
いやだったから、もう耐えられなかったから、マシューは俺の傍から居なくなったのだ。もう、俺に再び会うことすら、耐えられないのかもしれない。

けれど。

「会いたい」

解ってるんだ。謝ったくらいじゃ、どうにもならないことも。
だって、ついた傷はもう癒えない。いや、もしかしたら時間がいつか、癒してくれるかもしれないけれど。或いは、あの子の傍にいるかもしれない、誰かが。癒してくれるかもしれないのだけれど。自分がマシューに負わせた傷は痛みは、‥‥あの、俺の帰らないあの日、晩餐を前に待っていただろう夜の暗さは。きっと今も彼を苛んでいるのだろうから。
ごめん、ごめん、マシュー、酷いことをしたね、俺は本当に酷いことをしたね。ごめん、好きだよ愛してる、ごめん。

愛してるよ、‥‥だから。

「‥‥‥‥幕引きは、俺が。」

結果、マシューを本当に失うことになったとしても。

言い切ったフランシスに、ひたと深い漆黒の視線が向けられる。
重く斬りつけるような、それでいて溢れるほどの哀れみを含んでいるような、そんな瞳。

はああぁぁ、と重いため息が、王の口から零れました。逸らされる視線。フランシスも知らず入っていた力を、身体から抜きました。

「‥‥‥‥香、おいで」

涼やかな、けれどやっぱりうんざり気味の王の声が、部屋の隅に控えていた少年を呼びました。うぃっす、外見がエキゾチックな美少年風な彼には微妙に浮いてる軽い口調の少年が、スタスタと王の傍へと歩いていきます。それを見るともなしに見ていたフランシスには、すれ違いざまに凄まじい殺気のこもった視線を向けられましたがそれも一瞬で、もとの感情の薄そうな表情に戻されて。
そして、優雅に腰掛ける王の傍にそっと寄り添いました。その彼を見上げて、優しい声で王が名前を呼びました。

「‥‥香。」
「‥‥‥‥ヤっす、教えたくねーし」
「ッ、知ってるのか?!」

思わず勢い込んで言った兄ちゃんですが、目の前の二人は素無視。

「マシューには、必要なことある。‥‥アレのところ、あるな?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥本宅か?違うあるな、だったら、もっと大事になってたか。‥‥アレの、個人名義の家あるな」

淡々とした王の声と、俯く少年と。
フランシスには解らない会話。けれど、‥‥彼らが言うその場所に、あの子がいるのだけは解る会話。

ぽそ、と黒髪の少年が小さな小さな声で何事かを言いました。それに軽く眉を顰めたあと、王は彼の頭を撫でてから、さ、おいき、と少年を私室があるだろう奥の扉へと促しました。促された少年は先ほどまでの楚々とした足どりとはまったく違う、バタバタと音を立てる其れで其方へと駆け去りました。
それを見送る二人。王はほんの少し辛そうに、フランシスは呆然と。
そして、王は懐からペンと懐紙を取り出すとさらさらさらと筆を動かし、ピッと書きつけを破るや、フランシスの方へと投げて寄越しました。
典雅な文字。ほんの数文字、そして数字。
‥‥見知らぬ名前と、電話番号。

違う。名前だけは、知っている。
顔なんて知らない、けれどその名前は、例えばコレクションのスポンサーであるとか、CM主であるとか、経済紙のトップだとか、そういう場所に、嫌と言うほど‥‥。

フランシスは紙片を握り締めて暫く食い入るように見つめた後、バッと顔を上げて王を見た。
恬淡とした表情。

「マシューはコイツのところに居るある」
「‥‥ムッシュ、これは、」

その瞳の奥の愛情と、哀れみを。フランシスは見つめ、彼の言葉を待った。



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