『‥‥絶対に吸うなよ、いいな?』




空気を彩る灰白色にカナダは澄んだ湖水色の瞳を瞬かせて、足を止めた。
ハニーカラーの巻き毛と愛らしいワンピースの裾が、彼女の雰囲気をそのまま映したかのようにふんわりとゆれる。
仄白い其れは端々を薄らぼやけさせながらも中空を一筋奇妙な礼儀正しさを保ち、まるで対流実験のお手本めいて廊下の角向こうから流れ来て、彼女の進路を横切っていた。
すんと鼻を利かせれば、ほんのりと甘苦い、どこか息苦しい其れ。
その正体を、彼女は知っていた。
其れはカナダの経験知としての知識でありつつ、そうでもないといえるという、なんともどっちつかずなものではあったのだが、それはともかくとして。
慣れた匂いとは微妙に異なっていたが、彼女は確かにその正体を知っていた。
いかにもビジネスライクな機能性重視の白い壁の廊下の先、角からそっと顔を覗かせる。
そこは建物の詰まりを90度折りたたんで作ったような、袋小路の小さなロビー。
そしてその場所にひっそりと佇んでいたのは、彼女よりも小柄な黒髪の年長者。

「‥‥日本さん?」
「おや、これは失礼」

彼女の呼びかけに返されたのは、物柔らかな青年の声だ。
その姿も声もカナダにとって兄弟や元宗主国ほどに馴染み深いとまでは言えないものの、見慣れた姿ではあった。けれどカナダは、湖水色の瞳を緩くみはって、彼を見遣ったものだ。
正確には、彼の指先へごく自然にホールドされた、淡い紫煙を立ち昇らせる紙巻煙草を、である。
そういうイメージが、なかったからだ。
そう、廊下の片隅で、慣れた仕草で紫煙をくゆらせる、そんなイメージが。
そんな彼女の戸惑いにも似た感情を、気に敏い日本は的確に把握したらしい。ほんの少しだけ苦笑めいた笑みを浮かべた後、携帯していたらしきコンパクトな灰皿へと、まだ淡い光を宿していた煙草を差し入れてポケットへと仕舞ってしまった。
一連の流れるように自然な動作をカナダはぼんやりと見届けた後、ふぅと緩く落とされた青年の吐息が先ほど捉えた甘苦いシガレットの匂いであったこと、つまり彼の憩いの時間を邪魔してしまったことに気がついて、慌てた。

「ご、ごめんなさい!あのっ、私決してお邪魔するつもりはなくって!えっと、」
「ああ、いいのですよカナダさん。ご休憩ですか?」

取るものもとりあえず言い募ろうとした弁明を制したのは、どこまでも落ち着いた風な日本の言葉と、やんわりとした笑顔であった。柔らかく静かな声と物慣れた人らしい笑顔に、カナダはもう一度、ごめんなさいと呟いて俯く。どうにも自分は、タイミングが悪い。
俯いて地味に落ち込み反省するカナダに、けれど日本は物慣れた笑みで応じると、「いいのですよ、よろしければこの爺さんと、少し話でも?」と。これまた年長者然とした柔らかな口調に、彼が特に気を悪くしたふうでもないことを確かめてからカナダはそっと顔を上げて密かに安堵し、優しい年長の青年の笑みに誘われるように、小さく笑ったのだ。




会議の、休憩時間だ。
親しいきょうだいでもある隣国内を議場とする会議はカナダにはありがたいものだが、大洋を越えたところにある(なんせ地球を4分の1周近くする!)日本にとっては、些か疲れる議場設定であるらしい。

「まぁ、それはヨーロッパでもどこでもそうなのですけれどね」
「はぁ‥‥」
「近場、同じアジア圏であってもある意味文化は欧州以上に違いますからね。実のところ欧州の其れよりも困惑することもあります。‥‥まぁ、つまるところ私が融通の利かないじいさんなだけというお話です」
「えええ?もう、またそんな、」

軽く肩をすくめながらのどこか人を食った日本の物言いは、会議中の四角四面な言葉とは異なる柔らかなもので、カナダは浅く腰掛けたソファの表面を指先で叩くようにして、クスクスと笑った。
日本が喫煙していた場所は袋小路になった廊下の端で、腰ほどの高さの観葉植物が一つとソファが置かれ、一応人が寛げるスペースになっていた。とはいえグリーンはどこか萎れていたし、ソファも大してすわり心地もよくはなく、あまり人の出入りのある場所というわけでもないらしい。
実際カナダがここを通りかかったのは、休憩時間さえ意見が真っ向から対立して引かない兄弟と自らの最初の宗主国であった美しい父親のチクチクとした皮肉合戦に疲れて(というか、呆れて)人気を避けて歩いてきた結果なのだ。
そういえばこのひとは、兄弟の最も近しい同盟国という立場にあるはずなのだが‥‥まぁ、同盟国だからといって休憩時間にまで付き合う義理はどこにもない。ついでに呆れて逃げてきたという意味では人のことを言えた義理でもないので、カナダは口を噤むことにした。
そして、その代わりのように、少しだけ膨らんだ青年のポケットを、見遣る。

「あの、ごめんなさい。煙草、どうぞ?」
「あー‥‥」

そっと勧めた言葉には、曖昧な返答。
暫し逡巡するかのように動きを止めてから視線を辺りに廻らせ、日本は二歩分ほどカナダから距離をとり、ポケットからシガレットケースとライターを取り出した。ポケットに入れていたせいか、少しよれた紙製のケースを一度ノックして、1本だけ取り出す。緩く目を伏せ口元をやんわりと隠す向こうでチリッと鋭い音、淡いオレンジの光。一呼吸。
すぅと立ち昇った灰白色はカナダのほうへは流れず、そのまま天井に取り付けられた空調設備へと吸い込まれていった。それを見届けた日本がほっとしたように薄く笑う。どうやら、空気の流れを読んでいたらしい。
偶然の同席にも気を使ってくれる彼に、カナダはほんわりと笑って緩く目礼した。今度はその仕草に、日本は白い息をつきつつ、苦笑する。

「申し訳ありません。本来ならば吸わない、という選択肢をとるのが一番なのですが。いけませんねぇ、年寄りは我慢がきかない」
「そんな、私が唐突にお邪魔してしまったんですから。‥‥煙草、吸われるんですね」
「ええ、まぁ」

おそらく喫煙暦は長いのだろう、ごく自然な慣れた仕草で煙草をくゆらせつつ、やんわりと丁寧な物言いで話す青年は、カナダにとって少しだけ不思議な存在であった。

見た目こそ自分とさして変わらないのだが、日本は自分よりずっとずっと年長の「大人」である。なにせカナダが「発見」され、美しい父親に小さな小さな身体を抱き上げられた頃には、国内を統一する政府を樹立し、世界に類を見ない大都市を築き上げつつあった国だ。カナダを今の「カナダ」へと導き育ててくれた欧州の大人達と同年どころが、それ以上なのである。外見からではちっともそうは見えないが。
不思議なひとだと、カナダは改めて思う。
初めて自分がかの地への航路を開いたのは19世紀の終わり。正式な国交に至ってはまだ1世紀も経ていない。自分がまだ歳若く交流が浅いというのもあるのかもしれないが、日本という国が、まだいまいちわからない。
相対的に見れば彼の態度は(今このときの態度を含め、だ)、年長者が若者に接するときの落ち着いた立ち居振舞いなのだが、例えば自分の周りの大人達‥‥特にフランスやスペインのように、いかにも子供相手、といった接し方はしてこない。
甘やかすように抱き締めて、甘いお菓子をくれたりだとか、こどもなんだからわからなくていいよ、なんて言われて話題をそらされたりもしない。もっとも彼らにしたところで意地悪をしているわけじゃなく、単純に甘やかして、からかってきているだけなのだろうが。
けれど目の前の青年からは、そういう雰囲気は感じられない。
文化の違いなのかな、ハグやキスもしないし。それとも、日本さんだから、こうなのかな?私と同い歳くらいにみえるけれど、こうして煙草吸ってる姿は、なんだか大人な雰囲気。フランスさんや、スペインさんとは違うけれど。
‥‥とまぁ、そんな感じのことをぼんやりと考えつつ、、彼のくゆらす紫煙を、ほっそりと華奢な立ち姿を、カナダは眺めていたわけだが。
不意に、クスリと日本が笑ったのに、カナダはきょとんとして彼をみた。
象牙色の肌、さらりと艶のある黒髪と、深い黒瞳。馴染みの薄い、不思議な色合いの目が笑う。

「あの?」
「‥‥ああ、いえ。カナダさん、あなたの周囲の方は煙草を吸われないんですね」
「え?」
「お若いお嬢さんにまじまじと見つめられるのも、なかなか得難い機会です」
「‥‥え、あ‥‥ッ!?」

笑い含みの彼の言葉に、漸く自分が日本を過ぎるくらいに見つめていたことに気がつき、カナダはカァッと頬を赤らめた。

「あ、あの!ごめんなさい、不躾で‥‥ッ」
「いえ、いえ。若く美しいお嬢さんの視線になんだかこの爺も百歳ほど若返る気分ですよ」
「ううう‥‥」

日本の軽口に、カナダは顔から火を吹く思いで俯き、唸る。
幼い頃、視線についての教育は淑女としてのたしなみ云々と、嘗ての宗主国達には煩いほどに言われていたのだが、どうにも身についてはいなかったらしい。
なんのかんの言いつつこうしてからかってくるあたり、やっぱり日本も大人なんだと変な方向に納得もしたわけだが、ここでも助け舟を出してくれたのは大人な日本のほうで。

「そういえば、あなたのご兄弟は煙草がお嫌いでしたねぇ。私が吸っているのを知ったときも、『健康に良くないんだぞ!』と真面目に怒られたものです。‥‥特大のハンバーガー食べながら言われても、と思いましたけど」
「え、ええっと、アメリカ、昔から煙草が嫌いなんですよ」
「ま、正しいんですけどね、こんなもの百害あって一利なしです。覚えないことに越したことはない。‥‥フランスさんは‥‥ああ、彼はお料理されますし、駄目なんでしょうか」
「ええ。舌が悪くなるっていって、吸わないって。‥‥あれ?でも、私がすっごく小さい頃には、たしか吸ってたような‥‥」
「おやおや。まぁ、子供が出来ると煙草を止めるお父様は結構いますからね。パパの禁煙には薬より子供の視線が効くっていうのは真実といったところですか」
「もう、日本さんまでそうやって子ども扱いするー。私フランスさんのことパパだなんて呼んでませんよ」
「はは、でも彼はなんだかそういうのに憧れてそうですよね、若く美しい娘と過ごす美しいフランスの日々、とか。なんだかフランス映画にありそうな題材です。そのうち『一緒に映画に出ない?ハァハァ』とか言ってくるんじゃないですか」
「ぷっ、あはは、なにいってるんですかぁ、もう」

日本の軽い物言いに思わず笑ってしまったカナダは、そろそろと顔を上げた。まだほんのりと頬は熱い気もしたが、あまり気にしすぎても仕方がない。経験値では敵う相手ではないのだから。

彼との会話で、そういえばフランスは喫煙していたのだと、今更のように思い出した。
たしか、自分はまだすごく小さくて、彼の片腕で軽々抱き上げられるくらいの頃。‥‥思えばあの頃のフランスは、決して立派な体格というわけではなかった気がする。どちらかといえばいかにも華の都の宮廷暮らし、と言わんばかりのほっそりと華奢な、そして素晴らしくを通り越して、恐ろしく美しいひとだった。今でも十分に美しいとは思うけれど(実際自分でも言っているけれど)、あの頃の少し退廃的というか、物憂げな雰囲気のままに煙草をくゆらせている姿は、凄く大人びていて‥‥。
そんな、どこか綺麗過ぎてこわい絵のような姿を、木陰から覗いていた記憶がある。
そして、そんな自分を見つけた彼が煙草を指先から投げ捨てて、代わりに眩いほどに華やかな、けれどしっかり父親の笑顔で、カナダのことを抱き締める為の両腕を伸べ広げてくれたことも。
‥‥先ほどは笑いにまぎらせてしまったが、やはり彼が煙草を止めた理由は、自分なのではないだろうか。

自分がこどもで、彼が大人だったから?

‥‥だから、あのひとも?

「あれ?でも、イギリスさんは喫煙されますよね。幾度かご一緒したことがありますよ」




『‥‥絶対に吸うなよ、いいな?』




「‥‥吸ってるのは、知ってますけど、知らないんです」

ほろりとカナダの口から零れた言葉は、なんとも解り難いものであった。
同時に、先ほどまでとは微妙にトーンを変えた‥‥おそらく無意識にだろう、ほんの少しだけ硬い口調に、日本はゆっくりと肺へ煙を入れながら内心で首を傾げる。

「カナダさん」

疑問口調にならないよう、あえてフラットにした日本の呼びかけは、けれど今また俯いてしまった彼女には届かなかったようだ。

「イギリスさん、絶対に私の前じゃ吸わないんです。吸ってる姿って、一回も見たこと無いの。すっごく煙草吸ってるの、私、知ってるのに。アメリカが煙草嫌いだから彼の傍でも我慢してるみたいだけど、ときどき近くで吸われてすっごく迷惑なんだぞ!なんてアメリカは言ってるけど」
「あー‥‥イギリスさんも、結構吸われますからねぇ」

その相づちに、カナダはきっとばかりに視線を上げる。のんびりおっとりが身上の彼女には珍しい、硬い表情で。
感情が高ぶったせいか、フランス譲りの青灰色の瞳は、宝石のような淡い紫へと変わっている。‥‥ああ、これは硬いというより、むしろ。

「なのに、なのにイギリスさんてば、絶対絶対絶ッ対!吸うなって、お前には必要ないとかって念押ししてくるんですよ?吸ってる姿すら見せないで。もうッ、意味わかんない、私だってもうこどもじゃないのに、子供扱いして‥‥っ。あの、だから日本さんが煙草吸ってる姿、まじまじ見ちゃったんですけど‥‥。って、え?日本、さん?」

クスクスとごく控えめな笑い声に、カナダの半ば独り言めいていた不満の言葉が途切れた。きょとんと、不思議なものをみる視線で、笑い声の主へと紫がちの瞳を向ける。
煙草を指にはせた手のひらを口元に寄せている日本が、その手のひらの下で笑っていた。

「あの、」
「‥‥ああ、いえ、失礼」
「えっと‥‥私、また何かおかしなこと言いました?」
「いえ、そうではありません。失礼しました、お許しくださいね」
「はぁ‥‥」

手のひらの下の笑みを収めた日本が、それでも目元にその欠片をわずかに残して詫びの言葉を口にする。笑みも詫び方も控えめで上品な、大人っぽい仕草だ。

「あの、」
「おや、もう時間ですね」

笑みの理由、言葉を継ぎ掛けたカナダの声を、手元の時計を確認した日本の其れが絶妙に遮った。指にはせた煙草を先ほども見た携帯灰皿へと差し入れて消す。最後の紫煙が名残のように淡く立ち昇り、空調へと吸い込まれていった。

「そろそろ参りましょう、いい加減どこぞのお二人の対立も決着している頃でしょう。‥‥さ」
「え、あ‥‥はい」

まだソファへと掛けていたカナダへと差し伸べられた小さな手を、殆ど反射のようにとる。エスコートされることに欠片も違和感を抱かないのはそういう風に育てられたからだ。フランスにせよイギリスにせよ、幼い子供だった彼女を愛情を込めて甘やかしつつ、導き育ててくれた。
自らを取り巻く優しくて甘い、大人たち。

「カナダさん」
「はい。‥‥え?」

すぅ、と甘苦い匂いが彼女の鼻をくすぐる。
手をとられて立ち上がった拍子するりと距離を詰めた日本が、一瞬目を閉じてからにっこりと笑んだのに、カナダはきょとんとした視線を返した。
小柄な彼と並び立てば、自分より幾分か視線が低い位置に来る。常より近い位置から見上げてくる夜色の瞳に浮かぶのは優しい、物慣れて落ち着いた大人の雰囲気と。

「カナダさんは、いい匂いがしますね。少し甘い‥‥香水ですか?」
「え?いえ、コロンは何も。‥‥それって皆に言われるんですけど、アメリカはメイプルシロップの匂いじゃないかなって、」
「ふふ、甘くて可愛らしい、あなたらしい匂いです」
「あ、えっと、ありがとうございます」
「だからですよ」
「は?」

少しだけ悪戯めいた、どこか楽しげな光。
それは甘くて優しく、そしてちょっぴり意地悪な、彼女に甘い大人たちの其れと、同様。




「喫煙を禁じる理由。せっかくの甘い匂いを‥‥恋人が、本人と恋人である自分以外の匂いを移されるのが我慢ならないのでしょう。‥‥イギリスさんも我が侭というか、存外可愛らしい方だ」
「‥‥ッ!」




それでは参りましょうか、と。
可愛く拗ねた硬い表情から一変、頬を真っ赤に染めて固まった『イギリスの恋人』の手をやんわりと引いて歩き出した日本に、導かれるまま歩き出す。
大人らしい優雅な身ごなしの後姿から一瞬香った甘苦い匂いは、恋人の身体に染み付いた其れとは、微妙に異なる匂い。
恋人に抱き締められて馴染んだ其れとは似て非なる煙草の匂いに、カナダは小柄な後姿を追いながら、ゆるゆると火照ったため息をついた。

‥‥ああ、イギリスさんに、会いたいな。

あと、大人はやっぱり、ちょっとだけ意地悪だ。









「あー‥‥疲れた。ったくアイツら、会議中に延々くだらねぇ事で言い合いやがって‥‥。ハンバーガーに挟むピクルスの味なんざどうだっていいだろうが」
「あはは、まぁ、フランスさんとアメリカらしいじゃないですか」

軽く笑って宥めるように言えば、ティーセット揃えたトレイをサイドテーブルに置きながらため息をついた。特徴的な眉毛をいかにも嫌そうに顰めて、けれど肘から先では手慣れた優雅な動作で紅茶を入れていく。

「ほら。カナダも、お疲れ」
「えへへ、ありがとうございます」
「ん。」

密やかなソファスプリングの軋みと、ごく近い位置から伝わる人の温みに、カナダは指先をティーカップで温めながら、チラリと隣りに座る恋人へと視線を遣る。
淡い緑のサマーセーター。会議中よりくだけた格好の其れは、カナダが以前プレゼントした、手編みのニットだ。
「大事にする」と受け取ってくれた彼の笑顔と、実際に着てくれているという事実にほわりと心を温められて密やかに笑えば、それに目敏く気づいた彼が、鮮やかな森の色をした瞳でカナダを覗き込んできた。

「なんだよ?」
「いえ、なんでも‥‥あ、そうだ今日ね、日本さんと休憩時間、ご一緒したんですよ」
「ん、ああ、そういえばお前と話したとか言ってたな、そういえば」

あの小柄で控えめな年長者は、恋人にとっても気安い相手らしい。フランスやアメリカに対する其れとは少し違う、どこかもの柔らかな表情で笑う。
カナダには出来ない、大人っぽい、笑顔。‥‥ああ、でもあの人は。

「‥‥あのね、日本さんが、可愛いって」
「は?なに、褒められたのか?」
「うーん‥‥えへへぇ、イギリスさん」
「‥‥なに、可愛いことしてんなよ」

ぎゅうっと横から抱きつけば、少しだけ照れたように素っ気無く言った後で膝の上に抱き上げられた。
日本は小柄だけれど、この恋人は痩躯というのが相応しい。未だに自分に至極甘いフランスや兄弟のアメリカと較べると、包み込まれるというにはやや足りない、細身の体格だ。

けれど、他の誰よりこの人に抱き締められるのが好き。
このひとが、好き。

「‥‥煙草の匂いがする」
「ん?ああ、会議終わった後一服したから‥‥ああ、お前は吸うなよ、いいな?」
「何で?」
「何でって、‥‥なんでも。絶対に駄目だからな」

お前には必要ないと、まるで幼い子供に言い聞かせるような口調に、これまではちょっぴり腹も立てたりしたのだけれど。




『恋人が、本人と恋人である自分以外の匂いを移されるのが我慢ならないのでしょう。』




「‥‥ふふ、可愛いの」
「あ?‥‥何か言ったか?」
「ううん、‥‥ねぇ、イギリスさん」

ぎゅうっと抱きついて、抱き締められて。
カナダに馴染んだ、イギリスだけの甘苦い煙草の匂いに、ふんわりと笑う。









「お前はいい匂いがするな」と耳元で囁かれたのに笑いながら、少し苦くて最高に甘い、キスをした。









 喫煙者斯く語りき





end.(2009.07.19/07.30)

おじいちゃんとお嬢さん・改定版。
オチが変わっちゃったなぁ、以前の終わらせ方も少し気に入ってたのですが
おじいちゃんにはイギも十分「かわいいひと」です^^

そして此方がその続き『我が侭スモーキーキャット』