その日の朝、することは一つだけ。
まだ窓の外が暗いうちに起きて、玄関に行く。それだけ。
後は、家へと続く道をあがってくるエンジン音に耳を澄ます。それだけ。
東の空を見れば、鮮やかな夏の曙光。いい天気だ。
「マシュー・ウィリアムズさん、お届けものです」
「ありがとう」
玄関のポーチに座っている僕に、若干苦笑めいた笑みでたっぷりの荷物を渡してくれる郵便屋さんへ、此方もまた少し苦笑みたいな曖昧な笑みを浮かべながら、お礼を言う。
今日はあと、2便くると思いますよ。そう、おっとりとフランス語交じりの英語で話す郵便屋さんは、そういえば去年も、一昨年も、そのまた前の年も。こうして今日、僕の家に来たのだ。世界各地の伝票がぺたぺたと張られた、たっぷりの贈り物を携えて。
郊外の、更に外れの丘の上にある家だ。祝祭に華やぐ人並みを横目にしての3往復は、確かに苦笑したくもなるだろう。ご苦労様、だ。
坂を下る配送車は燃費の良い日本製、軽快なエンジン音。
玄関先には、たっぷりの贈り物。
交通手段も流通経路も、ほんの一世紀前とは比べ物にならないほどの速度で世界を巡るようになった現代。ほんの数日前には海の向こうにあったものが届く時代になってしまうなんて、一体誰が思ったろう?
木製の荷台を引くエンジン音を、耳を澄まして待っていた。
たったひとりからの贈り物を、待ち望んで。
贈られることのない贈り物を、太陽が昇って、沈むまで。待ち続けた。
「あ、メールだ」
ポーチに置いてるカウチの上では、多機能携帯端末が大活躍だ。
電子メール、ツイッター、フェイスブック。ゼロイチの情報は光の速さで時差も距離も軽やかに跳び越えてくる。
深く青い大洋は、決して超えられないのだと思っていた。
海の向こうで泣くそのひとの瞳に、僕が映ることはないのだと思っていた。
「マシュー・ウィリアムズさん、お届けものです」
「ありがとう」
家へと続く道を来ては帰る、嘗てとは比べ物にならない軽快なエンジン音。
距離を越えて情報を綴る、多機能携帯端末。
玄関ポーチに座って、僕はそれらを全て受け取る。
耳を澄まして、時間が柔らかくしてくれた平穏の時代を、受け取る。
耳を澄まして、待っていた。
太陽が昇って沈むまで、沈んでからも。ずっとずっと、待っていた。
来るはずのない贈り物を、来るはずのない金と緑のひとを待ち続けた、遠い日。
「マシュー・ウィリアムズさん、お届けものです」
「ありがとう」
「ボナニヴェルセール、ムシュウ・カナダ」
「メルシィ」
最後の配達、やっぱりたっぷりの贈り物を玄関ポーチに下ろした郵便屋さんがにっこり笑って添えてくれた言葉に、此方もまたにっこり笑って、礼を言う。軽快なエンジン音。彼も仕事が終わったら、街にお祝いに行くのだろうか。
西の空を見れば、燃え立つような夏の日没。いい天気だ。
そうして僕は、贈り物を手に玄関のドアを開けて、
「‥‥もう、いいのか?」
「はい。ほら、今年もいっぱい贈り物貰っちゃいました!」
「そっか。こっちもひと段落したから、紅茶淹れてやるよ、何がいい?」
「イギリスさんのおすすめで。‥‥それ、アメリカの誕生日用のびっくり箱ですか?」
「今年のはすげーんだからな!あの恩知らずメタボ野郎、今年こそ泣かしてやんぜ‥‥!」
「イギリスさん、ハロウィンと混ざってますってばぁ‥‥」
‥‥ドアを、開けた先で待つ、金と緑の恋人に笑いかける。
耳を澄ませて、待っていた。
太陽が昇って沈むまで、沈んでからも。暗闇の中、耳を澄ませて。
来るはずのない贈り物を、待っていた。遠い海の向こうで泣き続けるこのひとを、想い続けた。
「イギリスさん」
耳を澄ませて、待っていた。
いつか彼が、贈り物をくれる日を。
いつか彼が、僕を呼んでくれる日を。
いつか彼が。涙ではなく、笑顔を零す日を。
‥‥その傍に、僕がいる日を。
「カナダ。誕生日、おめでとう」
「‥‥ありがとう、ごさいます。」
「ああ」
「ありがとうございます、ありがとう、ありがとう‥‥ッ」
待ち続けた、金と緑の姿を抱き締めて。
そうして僕は、穏やかに笑う、笑い合えるようになった、恋人と一緒に。
今日この祝祭の日を、終えるのだ。
the end.(2011.07.10)
(長いこと祝ってなれなくてごめん、なんて。そんな言葉、要らないよ。)
(その笑顔と言葉こそが、あなたが僕にくれる、最高の贈り物、なのだから。)
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