兄弟との初めての出会いは、強く美しい兄が小さな手を引いて屋敷を訪れた時だった。
小さな身体の兄弟は小さなシロクマをきゅっと抱き締めて、どこかおどおどと落ち着かない様子で兄の服の裾からアメリカを伺っていた。
「お前の兄弟だよ、アメリカ」と兄が言った。
お前そっくりだろう?二人とも可愛いな、などと朗らかに笑う兄の、その決して逞しくはない腕に一緒に抱き上げられる。ふわりと甘い匂いが鼻先をかすめ、それがその小さな『兄弟』の匂いだと判って驚いたものだ。
ブラウンシュガーのようなふわふわの髪と、灰みがかった水青の瞳。
兄は「似ている」といったが、アメリカにはさほど似ているとは思えなかった。彼は自分よりおっとりとしていそうだったし(実際そのとおりだった)きゅっと抱き締めたシロクマを大事そうに抱えていたし(当時の自分にはそんなに大切なものは兄のほかにはなかった)、ふわふわとした淡い髪色は自分とも兄ともちっとも似ていない。
けれど。
「仲良くしろよ、お前達は兄弟なんだから」と、そう言ったあの、美しい兄を見る、見つめる目があまりにも自分と一緒だったから。
この大好きな兄を、自分と同じように大好きな存在がいたのだと、それは感動にも似た共感をアメリカの心に齎した。そして、兄からの親愛のキスを貰いながら不意に交錯した視線に、彼もまた自分と同じことを思っているのだと直感し。

ああ、自分たちは確かに『兄弟』なのだと悟ったのだ。

それからの日々は、楽しいものだった。
「お前たちは兄弟だよ」といった兄の言葉の意味も解った。隣りあわせで生まれた自分たちは、なるほど遠い海を渡ってやって来た国達とは違った、真の意味での兄弟だった。
いつも一緒だった。
兄が建ててくれた屋敷で、二人大切に守られ育まれたあの頃。
兄や時折訪ねてくる欧州の年長者達は自分たちのことを「双子のようだ」と笑って、とりわけ兄は彼のことをよくアメリカと間違えていた。その度にあの美しい水青の瞳がかすかに曇ることを知って、よく兄に向かって怒ったものだ。確かに似てはいるけれど、間違えるなんて!自分のことを優先してくれる兄の想いに嬉しくなかったとはいわないが、けれど『兄弟』である彼がないがしろにされるのも許せなかった。アメリカの剣幕にたじたじとなった兄が、ごめんな、と兄弟のふわふわとした頭を撫ぜれば、兄弟はまるで花がふんわりと咲くが如く笑ったものだ。その笑みがあんまりに綺麗で、そしてこの兄弟を微笑ませることが出来た兄が羨ましいのと同時に、兄の視線がこの兄弟に向けられるのも悔しくて、二人に飛び付く様に抱きついた。兄は驚いていたけれど、兄弟のほうはアメリカの心情を正確に汲み取って仕方がないなぁと言う風に笑ってから、ぎゅっと一緒に兄に抱きついたものだ。自分たち『兄弟』はなるほど、良く似ていた。

おっとりとした彼の手を引いて美しく花咲く野原を駆け周り笑い合って 、ケンカしては一緒に泣いて、怒られて抱き締められて、そして疲れたら、兄に抱きつき一緒に眠った。
小鳥たちが囀っていた光溢れる朝も、雨と風の荒れ狂う嵐の夜も、春も夏も秋も冬も。全ての日々を、ともに過ごした。
大好きな兄のもとで。大切な兄弟と共に。
幸せだった。確かにそこに、幸せは存在していた。

あの雨の日に、自分はそれら全てを捨てたのだけれど。

‥‥けれど、けれど、今ならば。まだ。
美しい兄とは訣別してしまったが、交易や欧州での振舞い方などを学ぶ名目で付き合いは続いている。あの頃のように笑いかけてくれることは決してないが、それでも兄は‥‥イギリスは、自分を『アメリカ合衆国』という一国家としてその目を向けてくれている。
あの日以来、まだ個人的な話は出来ていないけれど、幾度か公式の場で会うことも出来た。そのうち、会話だって出来るだろう。出来る筈だ。


「‥‥‥‥そうさ、まだ、彼は‥‥、彼とだって」


無意識に零れた己の声音に、アメリカはハッと我に返った。
思考の深い海に沈んでいたにも関わらず、身体はその果たす為の任務を忘れずにいてくれたらしい。
クリアになった五感にあらゆる情報が流れ込んでくる。

馬の嘶き。
馬車の走行音、鞭の音。
並足で進む馬の揺れ。
徽章の立てる金属音。
強い太陽を反射する砂埃。
国民が醸す、狂騒にもにた活気に満ち満ちた町の空気。

そして、

雑多で混沌とした街にあって限りなく異質な‥‥。




「カナダ‥‥?」




知らず引いた手綱に、鹿毛の馬がひとつ、大きく嘶いた。
凍てついた湖面のような青灰の瞳に、心臓が鳴った。



←