ガタン!と硬い音が響いた。立ち上がった勢いで椅子の倒れた音だ。
衝立越しに視線が向けられるのがわかる。注目されるのは得策ではない、けれど、しかし。
「落ち着きなよ。皆見てる」
「キミ‥‥!」
カナダの声は落ち着きはらっていた。アメリカを見上げる青灰の瞳は真っ直ぐにアメリカを貫いて、アメリカが口を紡ぐと同時にフイと逸らされる。
アメリカは倒れた椅子をのろのろとした動作で直すと、衝立の向うから除いていた複数の視線にニコリと微笑みかけた。こういうときは、怒りで掃うより笑顔でいなすほうが得策だ。
思惑通り、ふたたび衆目から逸らされたテーブルに、アメリカは向き直る。目の前には、兄弟。成長して、自分によく似た面差しの。‥‥似ていないと彼はいうが、間違いなく、自分たちはうりふたつの筈だ。
椅子に座りなおす。真っ直ぐに前を向けば、同じ高さの視線とかち合う。
兄弟は、笑っていた。
「ああ、君はそういうところ、昔と変わらないね。本当に落ち着きがないっていうか」
「カナダ。なぁ、兄弟、お願いだよ、ちゃんと教えて。‥‥彼に、イギリスに、何かあったのかい?」
そうだ。
カナダは、いつだっておとなしい子どもだった。彼が先に言ったようにアメリカは落ち着きがなくてことあるごとにイギリスの目を盗んでは、森に冒険にでかけたり、銃の練習をしていたりした。その度にあの綺麗な兄はアメリカのことを叱って、大人しくしてろだの、ちゃんと勉強をしろだのと言っていたのだ。‥‥そして、最後には、よく。
「『カナダを見習え!』って君、よく怒られてたよね。ま、君が聞いたためしなんてなかったけど」
「‥‥そうだね」
楽しそうに、軽やかな口調でカナダは話した。
いつだって大人しいこどもだった。姿はアメリカとよく似ているくせ、いつだって大人しく、イギリスの言うことをよく聞いて、イギリスの傍で、勉強をしている姿をアメリカは見ていた。覚えている。覚えているさ。
「カナダ、」
「別に。‥‥なにもないよ。イギリスさんは、昔のままだよ」
答えは唐突に寄越された。軽やかな口調。
アメリカは、一瞬息を止めて、それから深く長く、息をはいた。
甘く優しかった兄。大好きだった兄。最終的に袂はわかったけれど、決して嫌いになったわけじゃない。だって、彼は真実優しかった。アメリカのことを心の底から愛していた。確かに、彼のことを疎ましく感じて、その手元から抜け出ようと銃を向けたのは事実だが、‥‥本当は、
「イギリスさんは、変わってない」
「そ、う。‥‥そうか、なら、良かっ」
「昔と変わらず、壊れてるよ」
「‥‥‥‥え?」
カナダは、笑っている。
アメリカに良く似た顔で。良く似た声で。
(本当、は。彼のことが、)
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