「これを、お前に」
ほっそりとした左手の薬指に、握り込んでいた指輪を填める。
息を呑む音と、大きく見開かれる瞳を、じっと見つめる。
「フランシスさん、」
「これが、俺の愛の証。お前だけだよ。‥‥お前だけに、捧げるはずだった、愛だよ」
「‥‥え?」
言葉が、おかしいと、マシューは思った。
‥‥過去形で語られる言葉は、おかしいはずだ。
筈、だった?‥‥いや、今も愛してくれているのに。いまも、愛しているのに。
「フランシスさん、何言って、」
「マシュー、時間だ」
「え?‥‥あ、」
フランシスの指摘に、腕に填めた時計を確認したマシューが慌てて駆け出す。それを空色の瞳が、じっと追いかける。
溢れるほどの愛を湛え、零れるほどの慈しみを浮かべ、‥‥そうして、気も狂いそうな悲しみを、沈みこませて。
マシューは走る。
短い廊下を走って、IDカードのいるドアをくぐって、そう、支度をしなければ。行かなければ。
言葉は気になるけれど、仕事は優先しなければならない。
自分は医師なのだ。尊敬する兄と同じ、優しく愛してくれる恋人と同じ。命ある限り、命あるものを助けるのが己の使命。
(そう、今日だって、‥‥そう、あの、こどもは、あのひと、たちは)
『死んじゃ駄目だよ!君を待ってるパパやママがいるんだよ?!必ず、必ず僕が助けるから‥‥!!死んだら駄目だ!!』
命あるものを助ける。それが己の使命。それは誇り。いつだって、‥‥どんなときだって。
『危ない、逃げて‥‥、離れてッこの子を、早く‥‥!』
「‥‥え?」
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