凄惨な、事故だった。
夕暮れの交通事故は視界が効かないぶん、大事故になりやすい。
増してや其れが酒に酔ったドライバーであったり、衝突した先が可燃ガスを積んだ、大型輸送車であった、ならば。

歩道を歩いていた、散歩中の老婦人や仕事帰りの女性、澄んだ声で笑いながら家族の待つ家へと向かう学生達。
そして小さな子どもを連れて歩いていた夫婦と、‥‥出勤途上の若い医師を巻き込んで。




『ああ神様、今日は酷い事が、起こりませんように!』




猛スピードの自動車による衝突の衝撃に跳ね飛ばされた人々は、燃えさかる乗用車の熱に目を覚ます。傍には横転したトレーラー、可燃性ガス特有の、臭い。ガソリンと、火種。
跳ね起きたのは若い医師だった。違う、起きれなかった。既に彼は両の足を失っていた、気に入りだったラバーソールのスニーカーを履いた脚は焼け爛れ、在り得ない方向を向いて。気が狂いそうな痛み。それでも起きた、だって傍には、子どもが、居たから。ならば這いずってでも、行かなければ。
其れが己の、使命だ。

「死んじゃ駄目だよ!君を待ってるパパやママがいるんだよ?!必ず、必ず僕が助けるから‥‥!!死んだら駄目だ!!」

自動車の破片、重い重いそれに挟まれて倒れた小さな小さな身体をどのような力でか引きずり出し、救命措置を取る。悲鳴と怒号、吹き荒れる熱風。スーツ姿の女性は髪を振り乱しながら気を失った妊婦を必死で支え歩いていた、火傷を負った身体で、それでも傍に小さく蹲った老婦人を背負って行こうとする学生達、そして、歳若い子どもの父親は、医師の恋人と同じくらいの、歳だろうか。自らも血に塗れて、それでも子どもの名を呼んで、熱風の中へと飛び込んでくる。鬼気迫る形相で蘇生法を試みる、若い、若い青年医師。
軽い子どもの身体は、抱き上げられた。可愛い、まだ小さな、自分の子ども。けれど、彼は。‥‥自らの血溜まりに、座り込む、彼は。

「‥‥離れてッこの子を、早く!」









己の使命。職責。痛み。‥‥恐怖。怖いよ、怖い、痛い、痛い。
可燃物質をはらんで膨れ上がった命を削り取る熱風の、その向こう。 その向こうに広がる未来に、確かに掴むはずだった、掴んでいた、優しい手のひら、は。









「ふらんしす、さん、」









夕暮れの空を吹き上げた紅蓮の炎は血の色をして。全てを、焼き尽くした。



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